卒業写真のあの人は、優しい目をしてる。

それは突然のことだった。

 

ある土曜日の朝、母から、祖父が危篤になったとの連絡が来た。

肺炎を起こし、意識がない。

もう数日もつかどうかと医師に言われたというのだ。

 

すぐに病院に向かうと母に伝え、母から聞いた話をすぐに電話で兄に伝えた。

話の途中でこらえきれなくなり、涙がこぼれた。

 

嫌な予感はあったのだ。

 

ちょうどその日は、祖父と祖母を老人ホームの見学に連れていく日だった。

隣県に住む祖父母を近くで面倒を見ることができるように、母が実家近くのホームに見学を申し込んでいた。僕は、祖父母が見学を終えたあと、祖父母を隣県の自宅まで送ることになっていた。

 

その前日の金曜日、仕事を終えて自分の家に帰ったとき、ふと祖父に連絡しようかと思った。祖父とは2ヶ月前に一緒に食事して以来、話をしていなかった。別に2ヶ月話をしないというのは珍しいことではないのだけれど、ここ数年は母からそれとなく言われていたということもあって、何かにつけて祖父母に連絡をしたり、会いに行くことにしていたから、これもタイミングだと思って連絡しようとしたのだ。

 

でも、僕は祖父に連絡はしなかった。

 

もう夜遅くで寝る前かもしれないと思ったのと、どうせ明日会うことになっているのだからわざわざ連絡する必要もないと思ったから、連絡しなかった。明日会ったときにゆっくり話をすればいい。そう考えて明日を待つことにした。

 

そしてそのまま朝を迎えたとき、母から連絡が来た。

 

急いで病院に向かうと、祖父はICUで眠っていた。苦しそうに息をしていて、呼びかけても反応を見せない。祖母からは、今日で会うのも最後になるだろうから、しっかり顔を見ていきなさいと言われた。眠っている祖父に対し、聞こえていないのを承知で声をかけ、励まし、そして心の中で別れを告げて、僕は病室を出た。

 

その日は日本列島が巨大な台風に襲われた日だった。電車の窓に雨が叩きつけられる音を聴きながら、帰路についた。なぜか頭の中で、松任谷由実の「卒業写真」が無限にリピートしていた。

 

約1ヶ月の闘病のあと、祖父は亡くなった。

その間、何回か祖父に会いに行った。

臨終には間に合わなかった。

 

最近、祖父が夢によく出てくる。

闘病している1ヶ月の間も何回か出てきたし、亡くなってからも数回、夢に出てくる。

祖父は元気で、笑って僕の方を見ている。でも、何も話さない。僕が呼びかけても静かに笑っているだけだ。そして、夢から覚める。

 

祖父が倒れる前の日に、連絡をすれば良かったと後悔している。祖父と話をしたいと思ったそのタイミングに、言葉を交わしたかった。また会えると思ったその次の日、大好きな祖父は遠くに行ってしまった。

 

今回のことで、考えるようになったことがある。

 

それは、誰かに会いたいとか、話をしたいとか、何かを伝えたいとか、そう思ったとき、すぐに行動すべきだということだ。また会える、いつかまたなんて思った先に、永遠に別れてしまうことだってあるのだ。

 

愛する人はもちろん、そんなに親しくない人でも、何かを伝えたいと思った瞬間にそれを伝えるべきなんだと思う。多分、それを今までしてこなかったことで、切れてしまった縁がいくつもあったのではないかと思うのだ。自分が気づかなかっただけで。

 

人生は有限である。その中で、その人と触れ合う時間なんてほんのわずかだ。

だから、その限られた時間の中でその人に会いに行き、話をして、何かを伝える。

その何気ないことに全力でなければならないのだと思う。

 

もう祖父とは話はできない。あの日話をしていたらどんな話をしたのだろう。

そんなことを考えながら、また僕は眠りにつくのである。