双子の兄弟について②双子にまつわるxについて。

半年ぶりの東京は、ずっと雨だった。

滞在した3日間で、太陽の影を見ることもなく、ただ細い水滴が前かがみに歩く人の上を落ちていく。

 

信号で立ち止まった交差点で、何気なく空を見上げると、その細い小さな水滴が通り過ぎる車のライトに反射して、落ちていく様をはっきりを見ることができた。

 

雨は一直線に地上の人に落ちてくるわけではなくて、風に揺られて、様々な角度で地面に着地する。これまで、雨粒というのは一直線に、憂鬱な自分に向けて針を刺すように落ちてくると思っていた。だから、降り乱れるその雨粒は何か新鮮で、信号が青になる数秒間、ずっと空を見上げていた。

 

東京滞在中、映画監督の西川美和の『映画にまつわるxについて』を読んでいた。

『ゆれる』『ディア・ドクター』などを発表し、人間が無意識にされけ出すずるさや脆さを、憎めない主人公を通して表現する映画監督で、映画のみならず、自身の映画を基に執筆した小説なども文学界で高い評価を受ける多彩な才能を持つ人だ。

 

前からこの監督については非常に興味があった。

なぜかというと、それは双子の兄からこの監督について色々聞いていたからであって、そんなに面白いというならば読んでみようかということで、東京にある兄の家から読み始め、関西に戻る飛行機や電車の中でもずっと読んでいた。

 

映画を作る上での裏話、撮影の秘話などを交えて非常に面白いエッセイで、読みながら声を出して笑いたくなる描写も多くある。

 

読んでいく中で最もこの監督について惹かれたのが、西川監督が脚本を書き始めたのは、25歳の冬であるということであった。映画業界で裏方として働いていた中で、いつか自分もこの世界から抜け出すという気持ちや怒りややるせなさが爆発した結果、脚本を広島の実家にこもって書き始めたのだという。

 

その話を読みながら、双子の兄は西川監督に自分を重ねて見ているのではないかと感じていた。

 

映像業界でディレクターとして働く双子の兄は、世間で俗にいう「業界人」だ。

一般的にイメージされる華やかな業界ではあり、有名人に会えるとか、美味しいものを食べるとか、ロケハンを通して旅行もできるとか、世間の人がいいなと羨むことは一通り経験しているようだ。ただ、それはその仕事のほんの一部に過ぎず、残りの99%は、この今の自分の仕事がどう作品と結びつくのかということを自問しながら、黙々と作業を続ける毎日だという。

 

前に、精神的にかなり参っているということもあったが、それは依然変わらず、作品ごとの責任や納期のプレッシャー、仕事量は一般のサラリーマンよりもはるかに多い。それでも、以前よりかは楽になって、時には意欲的に作品に取り組むこともできるようになったそうだ。

 

そんな兄が、最近脚本を書き始めている。それを発表するとか、誰かに読ませるのかというところまでは考えているかどうかはわからないが、自分が今感じていること、表現したい人間の特質などを自分なりに頭でまとめて脚本に書いている。ちょうど会社でも戦力になり始め、責任も仕事もこれまでよりもずっと多い中で、ただでさえ忙しいのに寝る間を惜しんで書いていることもあるのだろう。

 

なぜ、兄が脚本を書き始めたのか。

 

もちろん、以前からその分野に興味があり、学生時代からも取り組んでいたことである。しかし、精神的にもかなりきつい中でそれを書く動機というのがどこから生まれてくるのだろうか。

 

その中で、西川美和監督の脚本を読んだときに、ふと兄について納得したのであった。今のこの現状に抵抗する、この現状を打破するために、監督は「逃げるように」という表現を使っているが、それでも、いつか自分もという気持ちを悶々と滾らせながら、人間模様を脚本で描いていく。

 

いつの日かある俳優の話になった。学生映画を兄が作っていたとき、一緒に映画を作った学生が今や、注目の若手俳優として、世間の注目を浴びていた。学生時代にその俳優と一緒に映画を作ったというのだから、人に一回や二回でも自慢できることでもあるのにと思ったのだが、兄はその俳優について話すのが嫌そうだった。一緒に映画を作っていた他の友人たちが、飲み会のネタとして得意げに話すのもうんざりしているようだった。お前らは悔しくないのかと、心の中でずっと思っていたらしい。

 

自分たちが映画を作っているときももちろん、その俳優は常に自分たちを通り越し、スターダムに上り詰めるために、ただひたすらに努力し続けていた。同い年のその俳優が、その努力を認められてスターとなる中で、自分はただ会社で意味のあるかどうかもわからない仕事を淡々とこなしている。

 

そんなことに対する情けなさや、やりきれない思いが、兄を脚本へと駆り立てるのもしれない。でもいつか、その気持ちが実を結んでほしいなと僕は思うし、必ずいい方向に好転すると信じている。脚本を書いてどうするのという人も周りには多い。正直、そんなことするぐらいなら資格の一つや二つでもとったらどうかと周りが言っているのも知っている。それでも、僕は兄に脚本を書いていて欲しいし、それを多くの人が読むことを心待ちにしている。

 

僕がそう思うのはやはり、彼は自分自身であり、それを主観的に考えるからである。彼は常に一番の味方であると思うし、僕自身も彼の一番の味方であると思っている。ただただ、その努力が実を結んでいて欲しい。

 

雨は一直線に、針を刺すように地上に落ちてくるのではない。雨粒自身も風に揺られながら、自分が行く方向など定まらないまま、ゆらゆらと空中を彷徨う。ならば、冷たい雨でも、人々がそれに自分自身を見て暖かいと感じることもできるはずだ。

 

だから、昨日も今日も遅くまで働き、疲れたままでまた仕事に出て倒れそうになる兄の頭上に、雨粒がそっと落ちてくれることを願うのである。