生きてほしいという誰かがいるということ。そして自分自身もそのような存在であるということ。

大学受験のために浪人をしていた年の冬、おそらく12月のはじめくらいだったと思う。

父と母と共に、父方の祖母の見舞いに行った。

 

小さい頃はよく祖父母の家に泊まっていた僕も、学年が上がるにつれ家に行くことも少なくなり、祖母ともしばらくは会っていなかった。祖母は以前から認知症を患い、父からそのことを聞いてはいたものの、認知症になるということが当時の僕はあまり具体的にイメージできず、「そうなのか・・・。」と言うしかできなかった。

 

だから、祖母と最後にまともに会話をした記憶が曖昧だ。

それでも、正月に会ったときのことで、箱根駅伝を観ながら他愛のない会話をしたことは今でも鮮明に覚えている。

 

病院に着き、病室の扉をあける。外はもう夕暮れ近くなっていた。

病室の窓から、明石海峡大橋がかすかにみえ、日が沈んで行く景色が印象的で、今も頭から離れない。

 

祖母は眠っていた。その傍に、うつらうつらしながら祖父が座っていた。

 

そのときに見た祖母の顔を、僕は一生忘れることはないだろう。

 

箱根駅伝を見ながら、いつも笑みを浮かべて穏やかな表情をした祖母はそこにはいなかった。目の焦点が定まらず、虚ろな表情をしている。あれだけ小さい頃に名前を呼ばれたのに、おそらく僕のことは認識していない。

 

名前を聞いても、僕の顔を見て父の名前を呼ぶ。もう話すこともできなくなっていた。来る直前に、父からある程度の病状は聞いていたものの、さすがに僕はショックを受けた。

 

4人部屋であったので、僕ら家族が来ると病室が手狭になる。

父と母がやっとのことで祖母を車椅子に乗せ、病室を出る。

人もまばらな日曜日の夕方、病院のロビーまで車椅子を押す。

 

そこで、30分くらい叔父とも世間話をし、折に触れて祖母に話しかけるも、反応は変わらず。僕らにはあまり興味を示さず、外の風景をぼうっと眺めている。

 

時間が来たので、病室に戻る。祖母と祖父にまたねと言って病室を出る。

 

帰りの車の中、頭がぼうっとしてぼんやりしていた。

今日あった出来事、祖母の表情、叔父との世間話。

そんなことを繰り返し考えながら、それでも最後は祖母のあの虚ろな表情が頭に思い浮かぶ。寂しいという気持ち、申し訳ないという気持ち、いろんなものが混ざった複雑な気持ちだった。

 

それでも、僕のそのような考えの末にたどり着く答えはいつも一つだった。

 

生きててほしい。

 

祖母の顔を見たときに、そう思った。

もう会話ができなくても、僕のことを覚えていなくても、ただ僕のために生きててほしいと思った。

 

いろんな感情が混ざった中で、その気持ちだけがはっきりとしていることが何か不思議で、そして泣けた。

 

祖母は、それから2ヶ月後、亡くなった。

最後にあった日と同じ、夕暮れ時に。

眠るようだったらしい。

 

僕の受験が一段落したその日、まさに試験が全て終わった直後だった。

僕の家族も、忙しい日々が一段落したまさにそのタイミングだった。

いつも周りに気遣いを忘れなかった祖母らしいと思った。

 

このことを思い出してよく考えるのは、人が生きる理由、生きなければいけない理由は、そこにあなたが生きてほしいと思う人がいるからだということだ。

 

親兄弟、友達、恋人、誰かひとりでもあなたに生きてほしいと思っている人がいるだけで、その人は大きな役割を果たしているのだと思う。

 

誰だって一度は死にたいとか、消えてしまいたいとか思うことがあると思う。

それでも、僕に生きてほしい人は必ず周りにいる。

それだけで、自分が生きている意味があるって言えるんじゃないだろうかと最近思うのである。