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「 今ではないいつか」にわかるということ

今はわからないだろうけど、いつかわかるときが来る。」

 

親や学校の先生、仕事先の上司など、言われた場面を思い出すとキリがない。

いつもそのセリフを聞いたとき、「ああ、またこれかよ」と思うのが常だ。「そんなの知らねえよ」と。

 

でも最近、この言葉があてはまるようなこともあるよなと思って。

 

一つのことは馬鹿でもする

 

野球部に入っていた高校時代、テスト前になると練習がセーブされ、早く帰れる日が続く。普段の平日の放課後はいつも練習があったので、帰りは大体夜の7時を まわり、練習で疲れて暗い中を帰るので、夕方の5時にクラスの同級生とおしゃべりしたり、マクドナルドに寄ってダラダラするのが新鮮だった。

 

その新鮮さに身を任せると、まるで勉強をしようなんて思わない。結局テスト勉強も中途半端になり、テストの点数も中の下の点数ばかりになる。

 

それは何も僕だけではなくて、他の野球部員の大半(一部の奴は勉強もするんだけど)もそんな感じだった。

 

そんな部員を前に、顧問の先生は「野球1つなら馬鹿でもやる、勉強と野球の2つを両立してこそ初めて価値が出る」と叱ったものだった。

 

その当時の僕はその言葉を聞き流し、そうかもなと思いつつ、とりあえず野球だけやってればいいんじゃねとか、野球部だけ成績悪かったら顧問の片身も狭いんだろうなぐらいにしか考えていなかった。

 

つまり、言われていることの意味をはっきり理解出来ていなかったのだ。

 

でも、あれから数年が経ち、社会に出てみると、その言葉の意味が理解出来るようになってきた。

 

いま現在、自分の生活の中心は仕事だ。
時間が遅いし営業で数字を追っているため、帰ったらクタクタですぐに寝てしまう。正直ワークライフバランスの「ワ」の文字も出てこないような状況だ。勉強したいことや観たい映画や読みたい本などは溢れるほどあるけれど、それに時間を割けないでいる。

 

その状況を「まあ仕事があるからな」と最初は捉えていたものの、自分のすごいなと思う人の話を聞いていると、やはりそれは危ないと最近思ってきた。そういう人達はどんなに仕事が忙しくても、きっちりと時間を割き、様々な知識を蓄積している。

 

そしてそんな人に限って、ちゃんときれいな奥さんがいて、子供がいて、まさに幸せそうに日々を暮らしている。

 

それを見ていると、ふと高校時代の野球部の顧問がいったあのセリフが浮かんでくる。
馬鹿でも仕事の1つはする。仕事以外のものと両立させて初めて価値が出る。
今なら言われるかもしれない。

 

そうだよな。両立してこそ価値が出るんだよな。今わかったよ。それなら高校時代ももう少し頑張っておけば良かった。

 

そんなことをあてもなく考える。けれど過ぎた日々はしょうがない。むしろあのとき理解出来なかったのは仕方なかったのだ。まだまだ子供だったんだから。

 

でも、今こうして気付くことが出来た。
時間がかかったけれど、ちゃんとわかった。

 

大切なことは、いつかわかるかもしれないと思って話を聞くこと。そして忘れないこと。そして、いつかわかると信じて人に話をすること。

 

今日もまた色んなことを言われた。
けれど、いつかわかるときが来るかもしれない。そしてそれがわかったとき、自分が大人になったんだなと実感するのだろう。