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沢木耕太郎「深夜特急」、旅を神聖化する者たち

深夜特急の6巻を全て読みきった。
2巻目だけ全部読んだような読んでいないような曖昧な記憶であるのだが、とにかく2年くらいかかって全部読み切ったということになる。

 


スペイン巡礼で知られている作家の小野美由紀が、学生時代にこれを読み、世界一周をするときに沢木耕太郎深夜特急で辿ったルートで旅をしたという。彼女がインタビューでそう答えていたからどんな旅行記なんだろうと思って手を取ったのが最初だったと思う。

 


本の構成は、友人とインドからロンドンまでバスで行くと宣言した筆者が、香港から旅を始め、やがてインドから陸路のみでロンドンまで旅をするまでを描く。それまでに通る国はインドやネパール、トルコなどバックパッカーの人気なスポットだけでなく、イランやアフガニスタンなど、現代では旅することが難しそうな地域もあり様々だ。現地での出会いや出来事に触れ、それに関しての筆者の心情描写が丁寧に行われる。

 

 

旅を神聖化する者たち

 


この本を通して最も共感した部分は何かということを考えると、それはやはり筆者への旅の姿勢だと思う。旅をしていることをひけらかすこともなければ神秘的に語ることもしない。ただ淡々と身を任せてその時々に思ったことを記録している。その中には旅に対する過剰な期待もなければ、達観もない。その中で筆者がなぜ旅をするのかと自問する描写には共感するものがある。

 


思うに、いま学生の中で海外旅行やバックパッカーが流行っている中で、多くの人が「旅」というものを神秘的なものにしすぎてはいないかと思うことがある。なぜ旅に出るのかということに過剰なまでに意味づけを要求し、それがない旅なんて「旅」とは呼ばないとでも言うかのように、とにかくみんな旅について壮大に語りすぎていると思う。そのくせ「自分探しの旅」については手のひらを返したように、そんなものは意味があるとかないとか言う。そんなことわざわざ議論する意味があるのだろうか。海外に自分なんてありはしない、海外で自分が見つかったら怖いだの、とにかくそれをしようと思う人に対して馬鹿にするような論調がある。それは就活とかそういった影響も少しはあるんじゃないかと思う。

 


そこに行って何かを感じるなんてその人次第で、それに対して他人が「旅とはこういうものである」とかわざわざ余計なことを言う必要なんてないと思う。ただ、行きたい欲に身を任せて、現地の人と話し、現地の空気に触れて日本にいた頃とは違ったことを考える。ただそれだけだ。例えばインドの火葬場に行って目の前で人が焼かれるのを見て、何も考えない人なんていないだろう。そのような場所で自分の人生観を見直すということは本当にごく自然なことだと思う。そこに行けば人生観が変わるなんていう過剰な期待は持たないほうがいいとは思うけども。

 


深夜特急」の中では、そのように旅というものに壮大な理想を持って書かれていない点がすごく共感できた。筆者の旅する先に特に意味なんてない。その国はただインドとロンドンの間にあっただけであって、筆者がそれを望んで旅しているわけではない。そもそもインドとロンドンを結ぶことすら特に意味はないのだ。旅した先で出会う人たちによって、主人公が自分の今現在の立ち位置を確認する作業をひたすら繰り返す。「だから旅はやめられないのだ」なんてことは絶対に言わない。それがこの本のいいところだと思う。

 


このインドからロンドンまでの旅を通して経験したことを、沢木耕太郎は決して多くは語らなかったんじゃないだろうかと思うことがある。もちろん、「深夜特急」を通して多くの人にその経験を伝えているのは事実なんだけど、何もそれのためだけに旅をしていたわけじゃないし、そのことについて日本に帰ってペラペラと自慢げに語っている姿を想像はできない。

 


僕自身も、旅について人に語るのは苦手だ。オススメの場所はとか、好きな場所はなんてことは答えられるのだけど、なぜ旅をするのかとか旅によって何を得たなんてことは正直あまり人に言いたくないし、わざわざ自分から言うべきでもないと思っている。一人旅をすることについてもよく聞かれたりするが、何も一人旅じゃないといけないというわけじゃないし、こだわっているわけでもない。あまり大人数で行くのは苦手だけど、複数で行くのもそれなりに楽しいものだと思っている。

 


ただ、異国で違うものに触れて違うことを考える。見たい行きたいと直感で感じた場所に行ってみる。それで何か自分の日常のモヤモヤが解決できたらそれでいいし、いいアイデアが浮かんだら御の字だ。なぜ旅をするのかなんて壮大なことは思いついたときに言葉にすればいいだけで、それに縛られて旅なんかしたくない。

 

 

深夜特急」からはそんな声が聞こえてきそうでなんか好きだ。

 


所詮、たかが旅である。
されど旅である、なんてことは自分の心の中で言っているだけでいい。