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辻村深月「朝が来る」で描かれるテーマについて

1年くらい前に買ってからずっと読んでいなかった本を読んだ。
辻村深月著「朝が来る」。

 

 

淡々と書き連ねられる文章に、取材の綿密さ、心情描写の緻密さが浮き彫りになる文章。
一気に読んでしまえるほどに引き込まれた。

 

 

特別養子縁組制度を利用して、生まれたばかりの子供を引き取った40代直前の夫婦。
過酷な不妊治療の果てに、子供を得ることを諦め、二人で生きていくことを決めた矢先に、テレビで特別養子縁組を仲介する慈善団体の存在を知る。

 

 

夫婦の話し合いの積み重ねの後、両方の親を説得し、彼らは養子を得ることを決断する。
そして、慈善団体に養子の受け入れを申し出た一ヶ月後、二人の元に望まれず生まれてきた男の子の誕生を知らせる電話が鳴る。すぐに受け入れの意思を団体に伝え、団体の活動拠点である広島県にまでその子供を迎えに行く。そして彼らはその子供を受け取った後、その赤ん坊を産んだ家族と面会するのである。

 

 

物語は初め、引き取り手の夫婦の視点を中心にして、物語の輪郭が伝えられる。赤ん坊を引き取った6年後、実の親子のようになった彼らの家族の日常の中に、突如実の母親を名乗る女性の存在が浮かび上がる。そして、その女性こそがこの物語の主人公であり、物語の中盤以降、彼女の半生が淡々と書き連ねられる。そしてこの物語が、辻村深月が描きたかった現代の若者なのである。

 

 

物語は、その女性が中学生のときに同級生との子供を妊娠したことがきっかけとなり、彼女の学校生活の日常から家族関係に至るまで、様々なところで彼女とその周囲が翻弄される様を描く。

 


「家族とは何か」以外に提示されるテーマ

 


この物語のメインのテーマは「家族とは何か」ということである。
潔癖に近いまでに、娘に自分が望むレールを敷き続ける母親とそれに反発する中学生の少女。
その母親との関係に悩む中で妊娠をし、中絶可能期間を過ぎた後の、生まれてくる子供に対する幼い母親の愛情。
全てが丁寧に描かれたその文章は本当にリアルで、そして繊細なものだ。

 

 

しかし、この本を通して筆者が伝えたかったことが「家族とは何か」という問題だけでないところが、この作品の要所要所で描かれる。

 

 

それは「社会がレールに外れたもの達をどう捉えるか」という問題だ。
親の期待を背負いながらも、中学受験に失敗した主人公の存在は、それでも社会から見たら「健全」なものであった。たとえ私立の中学に通えなくても、普通の公立中学に通い、普通に友達がいて、普通に恋愛もする。それは、現代に生きる人たちが多く通って来た道であり、多くの子供の親がそれを望んでいる。

 

 

しかし、中学生の妊娠という、これまでの多くの人が経験しなかったことが目の前に起きてしまったとき、本人以外の周囲の人たちはそれをなかったことにしてしまおうと懸命に働く。この物語を通し、主人公の母親が妊娠した娘に対し、皆と同じように高校受験のことを考えるようにと繰り返し言っていたことが印象的だった。「妊娠」と「高校受験」。それらは決して普通の人にとって全く関連性などを感じさせない。しかし、その二つが関連する当事者になった時、「社会」という暗黙のルールによってそれらは関連性を否定される。これらが全く関連しない世界に元通りに戻るために、妊娠を否定する。元の社会が敷いたレールの中に戻るのだ、それから脱落することは決して許されないとでも言うかのように。

 


立ち止まった人とどう向き合うか

 


思うに、日本社会においては、社会のレールから外れたときに、元のレールに戻るように働く作用があまりにも大きい。親が引き戻そうと子供の手を引いたとき、勢い余って反対側に落ちてしまうようなことがこの社会で多く起きていて、その反対側に落ちてしまったとき、当の子供は落ちた先から決して這い上がることができない。反対側は断崖絶壁で、もうそこに足をつく場所はないのだ。

 

 

もし主人公の母親が、妊娠した自分の娘を少しでも正しいと思えたならば、たとえ子供を養子に出したとしても、この主人公の人生は良くなっていたかもしれない。しかし、力任せに娘を元のレールに戻そうと引っ張った結果、娘は二度と母親が敷いたレールの上に戻ることができなくなった。力任せに引っ張らなくても、娘は元のレールに戻ってきたかもしれないのに。

 

 

自分自身、社会が敷いたレールの存在を否定することはできない。それに沿って生きることで得られる幸せもあると感じているからだ。ただ、そのレールから降りてしまった人がいたときに、力任せにレールに引き戻すのではなく、自分自身もそこで立ち止まり、元のレールに戻る手助けをすることや、降りてしまった場所でその人が生きて行く道を探してあげたいとも思う。

 

 

自分自身が引っ張らなくても、その人自身が自ら戻ってくるかもしれない。あるいは降りた先で生きる道を見つけるかもしれない。それならなお良いことであると思う。重要なのは、周囲が立ち止まったその人と向き合うことができるかどうか。それが大切なんだとこの本を通して考えさせられた。

 

 

「家族とは何か」から「レールから外れた人たちをどう捉えるか」。
中学生の妊娠を通してそのようなテーマを投げかけるこの作品は、間違いなく長い間、自分の心の中に残る作品になると思う。