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大人とジブリの付き合い方

ジブリ映画を熱心に観るようになったのは大学生になってからだ。
子供の頃の自分にとってアニメとは、金曜日の夜に放送されていた「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」ぐらいで、それ以外のアニメにはあまり興味を持つことはなかった。

 

僕の世代はまさに「千と千尋の神隠し」がドンピシャの世代で、学校に行くとほとんどの同級生が「千と千尋」を観ていて、その感想を言い合ったりしていた。当時はジブリの文字にもあまりピンと来ていなかった僕は劇場に足を運ぶこともなく、それを実際に観たのは公開から1年ほど経った頃で、学校の遠足のバスの中で、眠気にまみれながら見たのが最初であったと思う。

 

風立ちぬを観に行った

 

だから、子供の頃の僕の記憶の中で、ジブリが出てくることはほとんどない。
双子の兄が大学生になって映画制作の団体に入り、家でも映画を観始めると、自分もそれにつられて映画を観るようになった。それでも、ジブリ作品についてはしばらく触れることがなかった。
そんな中、2013年の夏、宮崎駿が「風立ちぬ」を発表し、引退を表明した。
多くの映画評論家が、この作品は宮崎作品の集大成になると言っていた。
それに伴うプロモーションで、ジブリの制作現場が盛んにドキュメンタリーとして公開されていた。劇中の数秒のシーンに、一流のアニメーターたちが何ヶ月もかけて丁寧に場面を作っていく。宮崎駿の気迫は凄まじく、超人というよりも狂人に近かった。

 

そのような中で公開された「風立ちぬ」を劇場へ観に行った。
それまでにDVDなどで過去の作品を見ていたが、実際にジブリを劇場まで行って観るのは初めてだった。作品は本当に素晴らしく、映画のタイトルにもある「風」の描写を効果的に使ってその時代に生きた人々を力強く描いていた。

 

風立ちぬ」について書きたいことはたくさんある。改めて詳しく書きたいと思っているのだが、何よりこの映画は自分にとっても人生の中で心に残る名作となった。「風立ちぬ」を境としてしばらくジブリ作品をずっと観ていて、その後も自分史上に残る映画と出会うことになる。

 

なぜ宮崎駿が映画を作るのか

 

ジブリの何が大人になった僕にとってそこまで魅力的なものになったのだろうか。
それは、宮崎駿が引退するときに語っていた「自分が映画を作る理由」に起因するものだと僕は思っている。

 

あるドキュメンタリーでこんな問いかけがあった。

 

なぜ宮崎駿は長年にわたって最前線で映画を作り続けていたのか。
作品の締め切りに追われながら、そもそも映画が本当に完成するのかという恐怖と戦いながら、なぜ宮崎駿は映画を作っていたのだろうか。

 

「子供たちに、この世界というのは生きるに値するんだよってことを伝えるために自分は映画を作っているんだよ」

 

 

宮崎駿のこの言葉が非常に印象に残っている。

 


日常から離れたファンタジーの中で、どんなに厳しい環境に置かれようとも力強く生きる少女を通して、それでもこの世界はいいものなんだよということを伝えたかった。

 

それが宮崎駿の使命であり、作品を作り続ける真の理由。
宮崎作品の全ての映画、小説、物語のあらゆるものが、その根底の信念としてそれを持っている。
雨の日を美しいと感じることができるか。どんなに辛い状況であっても一歩を踏み出すことができるか。人はジブリという映画を通して物語を体験し、自分の日常が少しでもファンタジーの世界と重なり合い、世界は生きるに価すると少しでも根底にあるだけで、その人はこの世界を生きていく。

 

子供の頃にジブリを観ていても、決してこのことを切に実感して感動することはなかったかもしれない。それでも、思い返して「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」もそのような志を持って作られ続けていたのだと今になって感じる。

 

ジブリ映画とどう付き合うのか。
映画とどう付き合うのか。
そもそも映画はなぜ存在するのか。

 

そんな曖昧な漠然とした問いに、宮崎駿のあの解は常に説得力を持って答えてくれているのだと思う。