死にがいを求めて生きているの

朝井リョウの「死にがいを求めて生きているの」を読んだ。本を読むのは決して早くはないのだけど、スキマ時間を使って2日ほどで一気に読みきった。他にやらないといけないこともたくさんあるのにね。ふむ。

さて、読み終わったところで思うことは何ともヒリヒリする小説だったということ。わかってはいるんだけど向き合えてない事柄に対して、「それ言っちゃったか…。」みたいなテンションで読む者に迫ってくるあの感じ。登場人物の誰かしらに自分がいる、あの感じ。月並みの表現しか出来ないのが何とも悔しいのだけど。

これは幼馴染同士の智也と雄介の話だ。2人の物語とはいえ、最後の章を除いて本人が主観となるのではなく、その周りを取り巻く人物によって、2人の小学校〜大学生時代が描かれる。

2人の性格は正反対で、およそ一方の考えを真逆にするともう一方の考えになる。だからこそ分かり合えると言えるかもしれないが、それを差し引いてもなぜこの2人の仲が良いのか周りは疑問に思ってしまう。その疑問に対する答えが出るとき、この物語の根本的なテーマが浮かび上がる。そして本のタイトルが「生きがい」ではなく「死にがい」と書かれてくる意味もわかる。これは、若者たちが「死にがい」を求めて生きる青春小説だ。

物語の登場人物たちは常に「生きがい」を求めて生きている。看護師としての生きがい。ホームレス支援を行う社会起業家としての生きがい。社会的、政治的テーマを掲げてイベントを行う学生としての生きがい。その生きがいは、この社会を生きていく活力としてなくてはならないもの。それがあるからこそ、大切な人を守れる。前向きに生きていくことが出来る。目標に向かって頑張ることが出来る。

でも、同時にそこでは逆の理屈も成り立ってしまう。それがないと大切な人を守れない。前向きに生きていくことが出来ない。目標に向かって頑張ることができない。周囲の人間は早々と「生きがい」を見つけてどんどん前に進んでいる。そんな現実に焦りと恐怖を感じるとき、「生きがい」と名付けたそれらのものは、生きる活力を与えるものでなく「自分は何もない」という恐怖心から一時でも逃れるためのものでしかなくなってしまう。

そして、その恐怖や焦りから逃れるための手っ取り早い方法が、何かしらの実績を世間が求める甘美なストーリー沿ってアピールすること。その実績がどんな小さなことでも構わないし、嘘でも構わない。そうやってストーリーを作り上げる過程の自分に酔い、生きていることを実感する。それがこの物語で語られる「生きがい」。

でも、酔いは早い遅いに関わらず必ず醒めてしまう。例えば、本当に生きがいを求めて努力し、行動している人たちの人生を垣間見たとき。勝手に自分の人生と人の人生を比較し「負けた」と思うあの瞬間。あの人に比べて、自分には何もないと感じるあの瞬間。それらを感じてもなお、登場人物たちはストーリーを描き続ける。その様子は生きがいを見つけるというよりは、むしろ死んだときに人から賞賛される実績を頑張って作っている。それらは「死にがい」以外の何でもない。

この本に書かれていることにはなるのだけれど、オンリーワンという言葉が象徴的に時代を彩ったように、この物語の時代背景にある「平成」の時代は、あらゆる場所から競争という概念が排除された時代だった。学校では個性を活かす教育が謳われ、テストの順位も何もかも競うことをやめてしまった。

でも、オンリーワンを探そうと自分の個性を改めて考えるとき、そこには嫌でも他者との比較、そして対立が意識されてしまう。個性も他者との比較の中で生まれた概念であり、それなしにはオンリーワンも存在しない。そんな矛盾を抱えながらも自分の生きがいを見つけようとするとき、ある者はあえて対立構造を作って競争を煽り、またある者は慈善活動などを通して他者からわかりやすい形で必要とされることで「生きている」という実感を得ようとする。そこには本当の意味での「他者」は、存在さえあればあとはどうでも良くて、全ては自分の実績作りの一コマに過ぎない。

そして、そんな生きがいという名の「死にがい」を探し求める若者たちの物語の中に、自分や周囲の人を重ねてみる。そのときに感じる痛みをこの小説は伝えようとしているだと思った。その痛みに向き合って対処しようするのか、それともその痛みから逃げて死にがいを求め続けるのか。対立なんか煽らなくても、わかりやすい形で他者から必要とされなくても、やりたいことがなくても、生きがいが見つからなくても、生きているという実感を得ることは出来ないのだろうか。

生きがいを探そうとしても、やりたいことをみつけようとしても、どこか満たされない。ある種の生きづらさを持った時代に対しての作者なりのメッセージが込められているのだと思う。

競争を排除して個性を伸ばそうとしたのが平成であるとして、この物語に込められているメッセージはとても平成的だと思う。それでも、そこに感じる「平成的なもの」にやるせなさは感じるけれど絶望はあまり感じない。それは、平成という時代に一つの区切りがついたからかもしれないし、それらを「平成的なもの」と名付け終わって安心しているからかもしれない。平成的なものは時代が変わっても決して消えることはないのだけど。

それでも、平成はもう過去である。今この瞬間に流れている令和の時間は、数十年後いかにして「令和的なもの」として語られるのだろうか。それはちょっと楽しみな気がするし、いつか令和的なものが小説に描かれたときに、この小説と比較してみたいと思う。

求人サイトで本当に知りたくて、絶対に載っていない情報。

転職サイトを見ていると、魅力的な文言が並ぶ。

「未経験OK」「年齢不問」「海外駐在」などなど。

 

応募単価によって評価される求人サイトの世界においては応募数をあげることが重要であり、そのための広告表現を考えることが求人サイトの作り手としての役割である。

 

働き方改革によって職場環境の整備が大きなトレンドとなる中で、各社もそのような魅力的な文言に沿うように制度を整えてきている。それはそれで働き方改革が社会の中で大きな流れとして認識されているようで、素晴らしいことだと思う。

 

ところで、全ての企業が「人の募集をすること」の意味は何なのだろう。

 

欠員が出たから。増員募集だから。新規事業ができるから。

 

様々な理由があると思う。自分自身もそんな媒体屋の端くれであるから、そんな情報が気になる。そして、ほとんどの担当者がそれを教えてくれるし、広告の中に募集背景を記載することも結構多い。そして、それがリアルな職場の実態を示すための情報として、ユーザーの選択を助けることになるとも考えている。

 

ただ、求人サイトにはどこを見ても具体的なことが書いていないことがあると思う。

 

それは、その業界、その仕事の将来性。

 

これまでにないくらいのスピードで、世の中が変わっている。技術と質の日本ブランドを世界に展開し、言葉の通り「一時代」を築いた企業が今、苦境に立たされている。東芝、シャープ、野村証券みずほ銀行日産自動車、など。(一部はメーカーではなく金融屋だけど)

 

日々のニュースを見ていても、それらの企業の状況が報道され、その責任の所在を求める動きがある。そこには経営者としての経営判断に重きが置かれる。あの判断が間違ったから、今この企業は苦境に立たされている。経営陣が時代の大局を捉えられなかったから、競争に負けている。そんな視点での報道がほとんどである。

 

確かにそうなのだけれど、経営判断とかそれ以前の問題として、「時代が変わっている」のである。そしてそれは、過去何十年にもわたり指摘されていたことであり、そのリスクも周知だったのである。どんなに賢い人たちが集おうとも抗えない時代の流れがある。

 

おそらく、30年前のシャープの求人広告には「世界に誇る日本の技術を世界に」などという文言が載っていたに違いない。でも、その広告の中にはほぼ間違いなく「海外製のより安価で高品質の製品が出てきている」「今は開発途上国のアジアの国々で、世界を席巻するかもそれない技術開発が行われている」などとは書かれていなかったはずである。おそらく賃金や募集要件を除き、アピール文は30年前と今とでそんなに変わらないと思う。

 

そしてその30年後、シャープは台湾企業の傘下になり、東芝の家電事業は中国企業に譲渡されている。

 

今、自分自身もキャリアを考える中で求人広告に目を通すことも多いが、本当にその企業に応募し、その企業で働くかを決めるにあたっては、その広告以前に「その仕事や業界が今後どうなるのか」という視点を自分で考える必要があると考えている。地道に本を読み、ニュースを読み、ホームページを覗き、自分なりにその企業や業界の流れに対して考えを持った上でないと、本当に取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

もちろん考えたって外れるときもある。30年前にも自分なりに時代の流れを読んだ上で上のような企業に入社した人もいるだろう。でも、そんな人はあそこまで経営が傾くまでに会社を出るという決断ができるだろうし、次を探すときにもその失敗を踏まえて考えることができる。

 

一番怖いのは、広告に書いている内容を深く考えず、「こんなはずではなかった」と後から後悔すること。

 

時代を読む。大局を掴む。考える。

 

それがキャリアを作っていく上で欠かせない要素だと、媒体屋をしていて強く感じる。

 

【書評】星やどりの声/朝井リョウ

家族のつながりが希薄になっていると言われる社会の中で、「家族的なつながり」を社会の中に作って行くという流れが来ている。その流れを作る大きな潮流がSNSやサロンなどのコミュニティであり、どの時代でも人は「個」を貫き通すことができないのだと感じることが多い。一方で、「家族的なつながり」を社会が探し求める中で、従来の日本社会が持っていた「家族のつながり」もまた、その存在感を高めていると感じる。もちろん、そのつながりの数的な要素は減少しているのだけれど、希薄化する家族のつながりに、ある種の憧憬を感じることも多くなっているのではないか。

 

朝井リョウの「星やどりの声」は、そうした「家族のつながり」をストレートなテーマとして扱い、多少の粗さはあるもののまっすぐにそのテーマに向き合っている。6人の姉弟が、父親の死に対していかに向き合って行くのか。それぞれの年齢、性別、性格などの違いが、「死」に向き合う姿勢の違いを浮き彫りにする。ある者は現実的にそれを捉え、ある者は象徴的に父親の死というものを心の中に抱えている。ただ、たとえその向き合い方に姉弟間に差はあれど、それぞれが目指す終着点は共通している。それは、今目の前の現実からの脱却であり、その先に見据えたそれぞれの幸せである。

 

その「終着点」は物語の後半から終盤にかけて非常にわかりやすい形で表現されるのだけれども、それぞれが向かっている先にあるものが共通しているという事実こそが、現代社会の中で「家族のつながり」を失いつつある自分たちに深く突き刺さるのではないだろうか。

 

自分自身の話になるが、自分たちの家族は昨年、「祖母」という存在を失った。厳密にいうと、祖母はまだ存命なのだが、家族間のささいな出来事の積み重ねが大きな波となり、これまでの関係性を維持することが難しくなってしまった。もともと、祖母と自分たちとは血のつながりはなかったのだけど(ここを話出すと長くなるから割愛)、それまで祖母はまぎれもなく家族だったし、今でもそうでありたいとも思っている。(実際はもう修復不可能な段階なのかもしれないけれど。)

 

両親と祖母が対立する中で、それをつなぎとめようと思ったのは自分たち兄弟であった。なぜこの対立が起こったのか。そもそも原因はなんなのか。どうすれば元どおりに戻ることができるのか。兄弟の中で、「祖母を失う」という事実に対して、その悲しさや虚しさの感じ方は差があったかもしれない。それでも、兄弟の中で共通していたことは、祖母を家族の中につなぎとめることであったし、それができなかったことに対してぶつけようのない怒りややるせない気持ちを持っていたことは同じだったと思っている。

 

それでも、その問題に向き合っているとき、自分たち「兄弟」は紛れもなく家族であったと今になって思う。普段接する中では感じることができない「つながり」を感じていた。どんなに違う価値観や人生観を持っていたとしても、家族に対して最後に残るものは同じであると感じることができた。それを実感するためにあまりに大きな代償を払うことになったのだけれど、そのときに感じたことが今後の人生の中で家族との関係性を考えるとき、もっとも大きなシンボルになるのは間違いないと思う。

 

昨年、是枝裕和監督の「万引き家族」が大ヒットを記録した。映画の構成や役者が素晴らしかったことは間違いないのだけれど、もっとも人々の心に印象的であったことは、血の繋がりのない者同士の「家族のつながり」ではないだろうか。今の社会の中で、血の繋がりのない者同士が家族のようなコミュニティを作ることは珍しくなくなったように感じる。(というより、社会がそれに対して寛容になったというべきかもしれないが。)そんなコミュニティの数が多くなっているにも関わらず、最後にたどり着くのはやはり「個」としての価値観の違いである。「個」を尊重するというと聞こえは良いかもしれないけれど、「血の繋がりがないから」という理由一つだけでどこまでも私たちは他人同士になれるし、他者を切り捨てることだってできる。たとえそれが自他共に「友達」と認め合っていたとしても。

 

でも、「血の繋がり」がないからと言って、絶対に「家族のつながり」を結ぶことができないのかというと、必ずしもそうではないと思う。そして、そのことを信じるからこそ、血の繋がらない同士の家族の物語である「万引き家族」が、あんなにも日本人の心の中に突き刺さったのではないだろうか。

 

話を「星やどりの声」に戻す。

 

この物語は血の繋がりのある実の姉弟の話なのだけれど、「家族のつながり」が希薄化する現代社会の中で、それを持つための要素(条件)は何なのかというヒントが隠されているように思う。それは目の前にいる家族(相手)の幸せを無条件に願うことであり、見返りなく家族(相手)に与え続けること。そんな筆者の声がこの物語を通して聞こえてくるような気がする。

 

たとえ血の繋がりがなくても、それを持つことで「家族的なつながり」を超える「家族のつながり」ができるかもしれない。どちらが良いとか、全ての人が後者を持つべきだとは思わないけれど、自分自身は1人でも多くの後者を持ち続ける、あるいは作り続けていきたいのだと、この本を通して思った。

【書評】野村ノート/野村克也著

仕事をしていると、よくできる上司や同僚などは総じて、「こんなにも考えている」と感じることが多い。もちろん、多くの人にとって仕事中に「考えること」は必須ではあるのだけれど、「ここまで想定していたのか」と感心してしまう。自分なんかは、周りから見て「考えている」風には見えているみたいだが、どうも自分自身の感覚では直感で行動していることが多いように感じる。

 

ONと共にプロ野球の一時代を築き、引退後は指導者として「野村再生工場」とまで評された野村監督も、やはり「考えること」に長けた人物なんだと改めて思った。ID野球と言えば、データを駆使して相手の傾向を読み取り、常に確率の高い方法を選択して行く。データの集積が容易になった現代のプロ野球ではそのようなアプローチが常識になりつつあるが、まだ携帯もパソコンもなかった時代に、データをもとに「考える」ことを体系化して厳しいプロの世界を駆け抜けた野村監督は、やはり名選手・名監督と評するにに十分すぎる人だと思う。

 

中でも、目に見える配球のデータなどに加え、打者の肩の開き具合まで注目してリードしていたことには本当に驚いた。一見すると数値化しにくい部分にまで注目し、それを自分の頭で考えて体系化する。そしてそれを選手に伝えることで成長を促す。そんなプロセスを見ていると、おそらく野村監督がもしプロ野球選手にならなくても、ビジネスマンとして十分に活躍できたに違いない。

 

上にも書いたように、自分がすごいと感じる人は総じて考える「量」が多い。一つの事象に対して、360度くまなく見回し、様々な視点から物事を捉えている。それを繰り返すことにより、正しい戦略と戦術が連動し、圧倒的な結果につながって行く。

 

面白いのは、彼らも決して思考の「質」が高いというわけではないということだ。その視点を別の知見から応用したり、ゼロベースで前提条件を変えるというところまではいかない。話していても、ある部分については自分の方が明確に言語化できているのではないかと感じることもある。でも、何か行動をして結果を残して行く中では思考の「質」の部分はあまり関係ないように思う。たとえ知識がなくても、視野が狭くても、その部分に関してある一定の考える「量」をこなせば、お金も稼げるだけの結果を出せるのではないかと思うのだ。

 

最近、テレビでクイズ番組を見ていても、回答者の優秀さには感嘆させられる。誰も知らないようなことを知っていたり、思わぬ視点から問題を捉えて瞬時に解答したり。何百年努力をしてもこの人たちの足元にも及ばないなと少し卑屈になってしまうほどに。でも、世の中のきちんと結果を出している人を見ると、決してそこまでの能力は必要ない。自分の仕事の領域について、質がどうであれ正しい思考の「量」をこなすことで、ある程度の域にまでは達することができる。

 

本の中で野村監督は、野球選手は野球博士でないといけないと語っている。だから、わざわざ審判部長を招いてルール講座を開き、選手にテストまでさせたそうだ。ルールを覚えたからといって決して成績が伸びるわけではないけれど、勝負をかけて大一番で、一瞬の判断が求められるときに、ルールの知識が必要になることもあるだろう。要は「オタク」の域に達するまで知識をつけ、考える「量」をこなすきっかけを与えていたのだと思う。

 

今はグーグルで検索すると、すぐに答えが出てくる。その答えに至るプロセスは特に気に留めることもなく、今の時代は具体的な解決策や結果が求められる。ニュースを見ていても、スクロールをすると専門家やユーザーのコメント欄があって、その物事を見る視点や、そのニュースに対する評価までもが表示されてしまう。本来はその人自身で起こすべき「考える」という行為を、他の人が奪ってしまっているような構図になっている。

 

でも、そんな中で得た知見は実生活や仕事では全く役立たない。頭では理解しても、行動ベースにまで落とすことは難しいだろう。本当に役立つのは、自分で考えて得た知見である。そして、その知見を得るためには、思考の「質」は特に関係なく、思考の「量」で決まるものだと思うのだ。それは世の中をひっくり返すような画期的なアイデアや解決策ではないかもしれないが、そんなものはクイズの優秀な回答者たちに任せておけばいい。

 

これからの社会を渡っていく上で、生存戦略としての考える「量」の必要性。エリートでなくても、頭が良いと言われなくても、考える「量」はこなすことができる。現に、才能の面ではONに叶わないと言っていた野村監督が、プロ野球歴代2位の600本以上のホームランを放ち、一時代を築いたのだ。

 

天才だけでなく、凡人も高みを目指せると感じさせる本。良書。

やりがいのある仕事とは何か。

この時期になると、目のあたりにかゆみが広がり、仕事でも集中が続かない。社会人になって何回か冬を通り過ぎたが、また、目の周りが赤黒くなり、「喧嘩でもして殴られたの?」と言われる季節がやってくる。

 

目の周りのかゆみが現れたのは、社会人1年目の頃から。医者にかかったり、自分でも色々調べて原因を探した結果、そのすべての要因はストレスにあると自分の中で結論づけた。

ストレスフルな社会。毎日営業成績の数字に追われる日々を続けると、身体の1ヶ所や2ヶ所はかゆくなる。これはもう体質だと割り切っている。

 

仕事はしんどくて辛いもの。

 

いくつかの冬を越えて仕事についての考え方が最近やっと落ち着いてきた。この考えを自分なりに解釈して理解し、腹落ちするまでに時間がかかった。でも、今だから言える。はっきりと自信を持って。

 

仕事ってしんどいわ。

 

行き先が定まらないままふらふらと企業の説明会を渡り歩いていた就活生の頃は、仕事はやりがいに満ちて、楽しいものだと漠然と考えていた。企業のエントリーシートにも「やりがいを実感できると思ったから」と書いたような記憶がある。当時の自分としては真面目に仕事について考え、後悔しないようにと考えて絞り出した言葉であったが、何回目かの冬を迎えようとしている今、仕事に対して別の視点を持つようになった。

 

付け加えると、「仕事はしんどいもの」という考えに対して自分の中では悲壮感などのマイナスな要素はない。ただ客観的な事実としてそう捉えている。いや、そう考えた方がラクだと思っているという方が正しいかもしれない。今後何十年と「働く」中で、その考えの方が自分にはあっている気がする。

 

いま勤めている会社は、従業員約2000人、売上高数百億円、東証一部上場。一般にいう大企業だ。給料はそんなに悪くないし、残業もそこまで多いわけではない。2000人の従業員の約8割で営業職で、いわゆる営業会社というやつである。

 

営業というと「成績が悪かったら怒られる」「顧客リストの上から下まで何回も電話させられる」「飛び込み営業を何件もする」「お客さんに支払いを催促する」などのステレオタイプなイメージがあるかもしれない。結論から言うと、そのイメージはほぼ正解だ。何年か営業として働く中で、その全てのことを経験してきた。怒鳴られ続けたり、自分が契約を取り損ねたせいで、上司がその上司に怒られるのをじっと見てるなんてこともあった。そこで感じた苦しみは社会人として働く中では一生忘れないと思う。もちろん、電話をかけ続けて怒られることもあるし、飛び込み営業でも担当者に会えないことの方が圧倒的に多い。電話や飛び込みの数などは数字で管理されるし、毎日部署全員の営業成績が載ったメールが送られてくる。褒められるのは頑張った人ではなく、売った人。売らなければ給料も下がる。つまりは結果が全ての世界。そして、その仕事は数年たった今でも毎日続いている。同期は何人も辞めたし、自分も成績不振で左遷された。しんどいと思うことは毎日。仕事をしなくていいのならこの仕事はしないだろう。

 

でも、そんな仕事のすべてが嫌いなわけではない。いや、正しくは嫌いではなくなった。考えを変えた結果、捉え方が変わった。

 

働き始めた頃は、仕事は楽しいものややりがいのあるものであるべきと考えていた。理想の仕事は毎日楽しくて、充実して、キラキラしている。そう思っていた。でも、そのイメージを持って自分の足元をみたとき、その理想と現実とのギャップに驚愕する。仕事は楽しくないし、キラキラもしていない。常にどんよりと曇っている。そんな中で仕事をしていると、充実感を持って仕事をしていないのは自分が悪いからだと感じてしまう。理想の仕事が出来ない自分に対して強烈な劣等感を覚える。隣の芝生は鮮やかに青く見える。

 

そうこうしているうちに転職サイトを覗くようになった。求人の内容を見て、条件や仕事内容を比較する。「自分の仕事がこうだったらいいのに」。散々画面をスクロール挙句、ため息をついて携帯のスリープボタンを押す。ブラックアウトした真っ黒な画面に自分の疲れた顔が映る。

 

でも、少しだけ想像してみる。さっき見ていた仕事をしていると想像する。朝出勤してパソコンに電源を入れ、連絡事項がメールで流れてくるのを確認する。時間になると会議室に向かう。会議の内容は来週の重要なプレゼンの打ち合わせ。前日に目をこすりながら自宅で仕上げた資料は修正の赤だらけ。会議が終わるとお昼に出て、帰ってから資料の修正、電話の対応、明日の準備。そうして時間は17時を過ぎる。働き方改革の煽りを受け、残業規制に引っかからないように早めに退社打刻する。しばらく仕事を続けたあと、オフィスを出る。疲れたなーなんて言いながら、帰りの電車で溜まっていたメッセージに一つずつ返信していく。

 

仕事が変わったって本質は何も変わらないのだ。会社によって多少の違いはあっても、資料作って、誰かに報告して、残業もする。どの仕事でも基本的に同じ要素。本質的には何も変わらない。

 

そんな中で、仕事が楽しくてやりがいがあるべきだなんてことを考えても辛いだけ。だから、そう考えるのを辞めた。仕事はしんどいし、つらいもの。でも、そう考えると何かが変わった。仕事をマイナスに捉えなくなったのだ。

 

仕事ぶりを上司に褒められる。会社の商品を販売し、お客さんに感謝される。「またお願いするから!」。そう言ってくれる。「〇〇さんの広告、社長がすごく褒めてましたよ!」「色々作戦練った甲斐がありましたね!」「ノルマ達成したからインセンティブ支給!」「今月頑張ったから寿司でも食べに行こうか」。

 

仕事は辛い。でも、節目ごとに仕事の意義や人の暖かさに触れることもある。飛び込み営業先で「よう来たな!」とお茶を飲ませてくれたり、リストを上から下まで電話していると「ええタイミングで電話くれた!すぐ来て!」ということがあったり。「〇〇の評価、よくしておいたから次給料上がるよ!」「◯◯さん、本当にありがとう。感謝してる。」なんて。

 

辛い仕事の中でそんなことがあると、この仕事も悪くないなと思う。「しんどい」のも仕事だから仕方ないという気持ちになる。うまく自分の気持ちをコントロールできる。一見するとマイナスに捉えているようなこの考え方が、自分の仕事に対する姿勢を良いものにしてくれる。

 

今、社会では仕事について「楽しさ」や「やりがい」を求めすぎているように思う。「楽しくてやりがいのある仕事をすべきだ!」と人は言う。採用ホームページを見ると、目をキラキラさせた社員が笑顔で仕事について語っている。

 

でも、必ずしも仕事をそのようなものとして捉えなくてもいいと思う。仕事はしんどいとか、辛いとか感じることは悪いことではない。なぜなら、仕事の中身は本質的に面白くないからだ。

 

医者も、弁護士も、アイドルも、俳優も、営業も、クリエイティブディレクターも、すべての仕事の中身は面白くないことの繰り返しだと思う。それ自体にやりがいを感じることは難しいし、楽しもうとしても出来ないことが多いかもしれない。働く以上は責任がつきまとうし、お金がそこに発生する以上は仕方ない。世の中の誰もが正解とする「やりがいのある仕事」や「楽しい仕事」なんてないのだ。

 

でも、その単調な仕事に、自分なりのやりがいや楽しさを見つけることはできる。やりがいとは「その仕事をする理由」と言い換えることができるかもしれない。それは給料でもいいし、早く帰れることでもいい。もちろん仕事の中身でもいいのだけれど。目の前の仕事にそれを見つけられる人と、そうでない人がいるだけだ。

 

1年目の冬、異動を告げられたときにある先輩に言われた。

 

「仕事は何をしても辛い。そんなの当たり前。でも、そんな仕事に対して自分なりの意義や理由づけをしていくことが、働くということだと思うんだよ。」

 

この言葉に何回救われたことか。今後働き続ける中で、この言葉だけはずっと忘れないと思う。

冬が、今年もやってくる。

「ノルウェイの森」のレイコさん。

一生忘れないような出会いや時間は、

人生のほんの一瞬にあるのではないかと最近よく考える。

 

ジョンとポールだって、

本当に2人で仕事をして世界を魅了したのは

ほんの10年ほど。

 

ポールはもう70代の後半だが、

そのたった10年をどう思い出すのだろうか。

 

風立ちぬ」の二郎と菜穂子も、

本当に一緒にいたのは数年間。

 

零戦を作り上げたのも、

そんな出会いがあったからかもしれない。

 

ワタナベと直子だってそう。

 

ノルウェイの森」については、

レイコさんの気持ちになって物語を考えることが多い。

 

レイコさんがワタナベと直子と過ごした時間はほんのわずか。

レイコさんがその後何歳まで生きるのかはわからないけれど、

それは青春時代の多感な時代でもなく歳を重ねた中でのほんの一瞬の時間。

 

でも、レイコさんは時々、散歩をしてたり、誰かと話したり、

眠りに落ちるほんの少し前に、2人のことを思い出し、

生涯、2人のことは忘れることはないだろう。

 

人との出会いはほんの一瞬。

今いる場所で出会う人も、人生という長い時間で見ると、

一緒にいるのはほんのわずかな時間だ。

 

そんな中でも、一生忘れない出会いや時間、

一生にわたって自分の人生に影響を与える出会いがあるかもしれない。

どんなに短くても、風のように駆け抜けるような時間でも、

生涯を通して思い出す出会いは目の前にあるかもしれない。

 

だから、たとえそんな人たちと過ごす時間が短くても、

自分が忘れない限りその出会いは意味があるのだと思う。

 

だからこそ、長くは続かない今この瞬間を、

忘れないようにしっかりと過ごさないといけない。

人間関係で悩まない「距離を測る」という考え方。

営業の仕事で企業の担当者や経営者と話していると、社員が退職するのに挙げる理由で多いのが、人間関係であるという。

 

同僚との関係、上司との関係、顧客との関係など。

 

仕事をする上で、というか生きていく上で他の誰かと関係を築いていくというのは避けて通れない。そして、その他者との関係が自分自身の人生も大きく左右していく。

 

僕自身、高校時代とかは人間関係にずいぶん悩んだ。同じクラスの人たち、部活で会う友人、それまでに出会った小中学校の友人。いろんな人と接して、話をして、仲良くなって、連絡先を交換して、それでも、何か満たされないというか、不安だった。

 

毎日会う人たちだから、多少気が合わなくても仲良くしないといけないとか、逆に自分が仲良くなりたいと思っているのに、この人は自分と仲良くしてくれるのかどうかなど、人と話すたびにいつもくよくよ考えていたように思う。

 

そのまま大学に入り、さらに会う人が多くなった。バイト先、サークル、大学の学部、旅行先であった友人など。友人の数が増え、自分が所属しているコミュニティが今までの何倍にも増えた。そして社会人になった今も、関わる人やコミュニティはさらに多くなっている。

 

でも、年を重ねていき(まだ25だけど)、関わる人が多くなるにつれ、人間関係がすごくに楽になっていると最近よく感じる。

 

かつての自分であれば、中学時代から少し行動範囲が増え、所属するコミュニティが増えただけで人間関係に疲れていたので、関わる人間が多くなった今の方がもっと疲弊するのが普通の流れだと思う。でも年々、人間関係についてストレスフリーになっていくのはなぜだろうか。その理由が最近言語化できるようになってきた。

 

その理由は、関わる人に対して、自分自身が適切な人間関係の距離感を取れるようになってきたからだと思う。

 

「距離感」と書くと、人と距離を置くようになったとかで解釈されるかもしれない。でもそれは違っていて、「距離感」を漠然と意識し始めてから、ぐっと近い関係になって何でも話せる友人もできた。つまり、ここでいう距離感とは言い換えると、関わるその人だけの快適な人間関係ということだ。

 

一つ例を出す。僕の両親の話だ。

 

僕の父親はずっと地方に単身赴任をしていた。家族全員で揃って会うのは週末か長期休みの時だけ。それが15年くらい続いていた。 その間、母親は子育てで大変だったと思うが、特に大きな事件もなく、自分も含め兄弟全員が独立し、両親の子育ては一段落ついた。

 

最近実家に帰ったときに思うのだが、父と母はすごく仲が良いということだ。別に2人でいつもどこかにいくという訳ではない。お互いに話したいことがあれば気軽に話すという感じ。いつもリラックスしているし、ギクシャクした何かもない。基本的に父は口数の多い人ではないからそこまで多くの会話はないのだけれど、喧嘩もすることなく、うまくやっていると思う。母が言っていたが、単身赴任をして、父はさらに口数が減ったらしい。笑

 

そんな父と母の姿を見て思うのだが、今こうして父と母が仲良くしているのは、父が15年間平日に家にいなかったからではないかと思う。母も父の世話を焼かずに子どもに集中できるし、子供が成長すると年々負担も減っていく。一人の時間も年々多くなり、好きなドラマを見る時間も増えていった。そして、父が帰ってきたらそのときは気軽に話をする。

 

おそらく、父と母は、お互いに快適な距離感を見つけたのだろうと思う。

 

それは、頻繁に2人で旅行したり、毎日電話したりというのではなくて、週末に父が帰ってきたら気軽に話をし、父は母の話を聞き、母は父の話を聞く。世間一般にいうおしどり夫婦とは少し距離があるようなそんな関係が、父と母の最適な距離感なのだと思う。

 

このことは、夫婦関係だけでなく、人間関係全般にも広く当てはまるのだと思う。

 

何でも話せる友人がいる。特定の話題については深く話すが、この人とはこの話はしないという友人もいる。また、何年に1回しか合わないけど、話しているとすごく楽しいという友人もいる。毎日会うけれど、ほとんど業務連絡でしか話をしない人もいる(仲が悪いわけではなくて)。

 

いろんな人が自分の周りにはいて、その人それぞれに、自分自身との適切な距離感がある。その距離が近いから良い関係、遠いから悪い関係というわけではなくて、その距離感が適切であるのが最も良い人間関係なのだと思う。

 

夫婦だから常に近くにいないといけない。

恋人同士だから頻繁に会わないといけない。

親友だから何でも話さないといけない。

 

人間同士の距離が近いことが良い人間関係であると広く認識されるが、本当にそうなのだろうか。僕の父や母のように、夫婦でも少し距離があっても仲が良いのは、良くない夫婦関係なのだろうか。

 

僕はそうは思わない。

 

関わる人それぞれに適切な人間関係の距離感があると思うし、それが近いか遠いかは重要ではなくて、その関係を快適に思えるのかが大切なんだと思う。

 

もう少しこの人と近づきたいと思えば、それを素直に行動や言葉で示し、お互いに近づくということを認識し合えば良いし、それでうまくいかなければ、自分や相手に問題があるのでなく、その距離感が適切でなかったというだけだ。そのときはそっと離れて、元の距離感に戻ればいい。そんな経験は誰しもがあるはずだと思う。

 

だから、無理に近づこうとしない。遠いからといって不安になる必要もない。

全ては距離感が大事ということだ。人によって様々。

 

僕自身、今こうやって関わる人が増えるのは楽しい。そしてその中で、その人との適切な距離感をつかむことで、これからも最高の親友やパートナーを見つけたいなと考えている。