なぜ、あの戦争は起こったのか。

8月15日が今年もやってくる。戦後73年。

 

甲子園球場に鳴り響く象徴的なサイレンが、

今年も地面を揺らすだろう。

 

73年という月日は20代の僕にとっては途方も無い時間に思える。

一人の人間が生まれ、死んでいくのに十分な時間だ。

 

戦争経験者の平均年齢は80歳を超す。

先の戦争を後世に語り継ぐ時間は、

刻一刻と確実に短くなってきている。

 

風化という言葉を人々は使う。

あの戦争を風化させてはならない。

忘れてはいけない。そして、繰り返してはいけない。

 

政権が現政権に変わってから、

憲法9条の議論があり、集団的自衛権の解釈変更がなされる中で、

改めてそんな思いを聞くことが多くなった。

 

最近、ふと考えることがある。

 

戦争は悲惨だ。繰り返してはいけない。

起こしてはいけない。

 

それについては心の底から僕は賛成である。

そして、そのことを繰り返し言い続けることが、

一種の戦争抑止の力になると信じている。

 

ただ、世間のそんな議論には、

ある視点が決定的に欠けているのではないかと考えてる。

 

それは、先のあの戦争はなぜ起こったのかということだ。

 

軍部が暴走した。マスコミが戦争の真相を伝えなかった。

世論が戦争を支持したから。など。

 

あの戦争の発生には様々なアクターとファクターが絡み合い、

日本は未曾有の戦争に突入していった。

 

でも、なぜ日本が戦争を起こすに至ったかという根本的な議論についてはマスコミの中でもあまりなされていないし、伝えられていないと思っている。

 

この時期になると、戦争関連の特集が多く組まれ、戦争体験者の証言や当時の映像などが繰り返し流れる。そのどれもが、耳を塞ぎたくなるような残酷な過去である。

 

そしてどの特集も結論として戦争は悲惨であるという答えにたどり着き、反戦のメッセージが伝えられる。

 

でも、果たしてそれだけでいいのだろうか。

 

先にも述べたように、戦争経験者の残された時間は確実に残り少なくなってきている。

 

数十年前であれば、政権を担う者も戦争経験者であり、それを支持する既得権益も、そして国民全体も多くが戦争を経験していた。だからこそ、戦争は悲惨であるというメッセージが日本の国全体に強い説得力を持っていた。その中では、なぜあの戦争が起きたのかという具体的な検証がなされずとも、皆が納得感を持ってそのことを当然のように受け入れていた。

 

しかし時代は進み、時の政権や有権者も戦争を直には経験しない層が圧倒的に多くなってきた。その中では、戦争は悲惨である=戦争はいけないという、長年当然のように言われ続けてきた論理の説得力が弱くなっているように思う。

 

戦争は悲惨であるということは誰しもがわかっている。だから戦争はいけないというのは当然ながら理屈としては理解できる。ただ、昨今の国際情勢を鑑みると、そんな悠長だけを言ってられないという状況になってきている。

 

米中の覇権争い、中国の海洋進出、国際テロ組織の脅威、など。

 

そんな国際情勢を観察すると、本当に日本という国のあり方がこのままでいいのかという議論から、憲法9条改正や集団的自衛権の解釈変更のような議論が生まれてきた。

 

つまり、戦争は悲惨だ、戦争はいけないとわかっていながらも、戦争放棄とは対の概念が世間で議論されるのである。

 

その中で、本当に戦争放棄や平和を願うには、単に戦争は悲惨であると伝えるだけでなく、一歩進んで、「なぜ先の戦争が起こったのか」「どうすれば戦争を防ぐことができるのか」ということに、歴史の流れを踏まえてマスコミ始め市民が考える必要があるのではないかと思う。

 

確かに、あの頃の証言を持ち出して戦争の残酷さを伝えるということは、強いメッセージを込めやすいし、構図として本当にシンプルである。でも、長年それを伝え続けて戦後73年たった現代の社会では、それだけではいけない。

 

先の戦争が起こった根本原因の社会の流れとして捉え、それを現代に還元することが本当の平和維持である。

 

そして、まずその第一歩として、個々人が次の問題の回答について考える必要がある。

 

先の戦争は、なぜ起こったのですか?

Stay hungry, stay foolishはちょっと意味がわからない。

大学受験の際に英語を勉強してから、細々と英語の勉強を続けている。学生時代には短期間だが語学留学(という名のほぼ旅行)も経験したが、今では仕事をしながらなので、勉強する時期とそうでない時期が2ヶ月周期くらいで繰り返されている感じだ。もっぱら、自分はヒアリングの方があまり得意ではなく、TOEICなどではリーディング(いわゆる文法や読解などの知識面)はいいのだが、ヒアリングは基礎レベルの点数を叩き出したりするなど、なんとも安定しない近頃である。

 

そんな話はさておき、「英語」という語学に関していうと、受験生の頃に予備校の先生がすごく興味深い話をしていて、その話を今でも英語を勉強するときによく思い出す。

 

その話の内容とは、「英単語の中では、日本人が理解できない概念が存在する」ということだ。

 

例えば、"owe"という単語。

辞書を引くと「借りがある」という意味が出て来る。

単純にそのまま訳すことができればいいのだが、例文の中ではそれではなんとも表現しにくいものも出て来る。

”We owe it to the world to do our part”(マーク・ザッカーバーグ スピーチより)

 

これはFacebookの創業者であるマーク・ザッカーアーグのスピーチの一説だが、これを訳すと「私たちは世界に対して自分の役割を全うする義務がある」というような意味になる。本来の「借りがある」という意味からは少し違っているようにも感じる(無理やり解釈できないこともないが、少し不自然)。

 

他にも”available”(利用できる)とか、そんなものも日本語に訳しにくい。

つまり、どうしても意味を解釈する上では、欧米人と日本人では共有し得ない概念が存在するのはないかと思う。「わびさび」とか「余韻」という感覚は日本人特有であると言われるように、欧米人しか理解できない概念もあるのかもしれない。

 

その話をするならば、最近すごく思うのが、かの有名なスティーブ・ジョブズのスピーチも、少し理解できない概念があると感じる。特に最後の一説。

 

"Stay hungry, stay foolish."(貪欲であれ、愚かであれ)

 

シンプルな英文ということもあり、あのジョブズといえばこれみたいな感じになっているけれど、よくよく考えてみれば、この分も意味を捉えることは難しい。

 

スピーチは3つのセクションから成り立っており、

①点と点を長期的な視点で結ぶことを考えること 

②愛と喪失についてー仕事への愛とアップル追放について 

③死ー死を常に意識し続けることによって行動すること 

が述べられている。

 

そして、スピーチの結びに、ホール・アース・カタログの一節から、先の一文を引用している。

 

僕が少し腑に落ちないのが、スピーチ全体を通して、ジョブズの貪欲さや愚かさというのがあまり伝わってこないことだ。「貪欲さ」でいうと、確かに仕事への探究心は持っていたが、「貪欲」と表現するのは少し違うような気がするし、「愚かさ」でいうと、具体的に何を指しているのかがピンとこない。あれだけ、自分をさらけ出したスピーチの最後が「ハングリー精神を持て!馬鹿であれ!」というのも何か納得できない。この文章自体がジョブズの言葉ではなく引用であることや、単に僕の読解力の問題かもしれないが、この文を綺麗に説明できる日本人も少ないではないかと思う。

 

スピーチ全体の趣旨を踏まえると、これはすごく感覚的な意味合いで、「自分主体で、常に直感に従え」という意味に近いのではないかと僕は考えている。それはそれで素晴らしい感覚だけど。

 

この最後の一節が日本人だけなく、欧米人からも支持されていることから、すごく共感のある文章だったんだなと思ったが、日本語訳の「貪欲であれ、愚かであれ」は、多分ジョブズの言葉の意味の半分も意味を捉えてないような気がする。

 

だから、Twitterなどでプロフィールのところにその一節を書いている人を見ると、「本当にお前、意味わかっているのか!?」「この俺に100字以内で説明せよ!」みたいに思っている。笑

 

これは本当に自分本位の勝手な意見で、あの一節に関する明快な解答があるかもしれないけど、とりあえずはこんなことを考えている。

 

でも、この「共有し得ない概念がある」ということを認識することはとても重要ではないかと最近すごく思うのだ。

 

身近な例でいうと宗教のことで、イスラムやインドのヒンドゥーなどは明らかに日本人には理解できないのだなと思う。他にも、中国や韓国などの近隣諸国の国家観も、日本人には理解できない部分が存在するのだと思う。

 

大切なのは、全てを理解しようという姿勢ではなく、共有し得ないことを認識することではないかと考えている。そうすることで、過剰に腹を立てて心を乱されることもないし、粛々と客観的な視点で問題に対処することができる。

 

「全てを理解し、尊重する」というところから諦めることも、時には幸せになることだってあるんじゃないかと最近つくづく思うのである。

 

資格は重要ではなくなるが、資格的な視点は今後かなり重要になるのではないかという話。

資格というものの価値が相対的に下がってきていると言われている。

 

これまでは、

資格を取れば安定と世の中で言われて続けていた。

 

でも、最近ネットなどを見ていると、

その資格の重要性について疑問を投げかける人も多くない。

 

資格取る暇があったら、

自分で何か事業を始める方が早くないかということだ。

 

確かに、生きていくために人々は

資格を取っているわけで、

資格を取らずとも安定できて生きていくことが

できるのであれば資格なんて必要ない。

 

でも、じゃあ今どうしても取りたい資格があるとき、

これは有益ではないかと考える資格があるとき、

その資格は本当に不必要なのだろうか。

 

それは違うのではないかと僕は考えている。

 

資格自体をとったからと言って、

これまでみたいにそれが生きる保証ではなくなってしまったことは確かだ。

でもそのことはイコール資格がいらないということとは少し違う。

 

厳密に述べると、

その資格だけで生き抜くことは難しいが、

その資格的な考えはこれからの世の中でも必ず必要となるというのが

僕の考えである。

 

例えば、医師を一つ例にあげてみる。

(厳密にいうと医師は免許だが、文中では資格を同列で述べる)

 

今、ロボットの医療分野での進出が目覚ましく、

ITと医療によって、現在は人が行なっていることが、

今後は機械に取って代わられる日が必ず来ると思う。

 

手術の技術だって機械の方が正確になると思うし、

診察だって膨大なビッグデータを解析したAIの方が

人間よりも正確になる日が来るかもしれない。

 

その中では医師としての能力や技術だけをもって

この世の中を生き残るのは難しくなる。

 

でもだからといって、

医師というものが世の中から不必要になることはなくて、

「医師的な考え」は今後様々な分野で必要とされるのではないかと思う。

 

企業活動における医師的な視点、

マーケティングにおける医師的な視点、

教育における医師的な視点、

エンターテーメントにおける医師的な視点など。

 

様々な場面でそれは必要とされてくるし、

世の中の仕組みがあらゆる要素とつながり、

複雑化していく中ではその需要も増えてくるのではないかと考えている。

 

資格はもう必要なくなった。

 

けれど、その言葉をそのまま捉えて資格や免許に

価値がないと決めつけるのは違う。

 

もちろん、その資格だけを持って生き残るのは難しくなってきている。

 

重要なのは、資格を取った先に得られる、

その資格特有の視点をどのように生かしていくのか。

 

そう考えると、人生のオプションなんて無限に拡がっていく。

なぜ、教育は必要なのか。

「まんが パレスチナ問題」という本を読んでいる。

大学の専攻が国際政治であり、中東のイラク問題で論文も書いたことから、この分野については関心を持っているのだが、いかんせんややこしい事象が多く、勉強をしようもなかなか取り掛かりづらい分野であった。

 

そんな分野でもあるにもかかわらず、この本はパレスチナ問題の流れを、聖書の記述や宗教との関わりも含めて分かりやすく解説している。もう十数年前に発売された本だが、今でも根強い人気があるようだ。

 

読み進めていく中で、印象に残ったというか、この本に込められたメッセージを感じ取ったのだが、それが「なぜ教育は必要なのか」ということであった。

 

パレスチナ問題で、避けて通れないものが「ユダヤ」の歴史である。中東の歴史はユダヤの歴史であり、現在進行形でこの問題は多くの国を取り巻いている。

 

ユダヤ人とは、人種や血統的集団ではなく、ユダヤ教を基礎にした宗教的集団である。

モーゼのエジプト脱出やキリスト教の誕生など、ユダヤ人の歴史には常に迫害の歴史があった。その最たる例が、今後数千年も人類に記憶されるのであろう、ナチスドイツによるホロコーストである。その迫害の歴史を乗り越えて建国された国がイスラエルであり、イスラエルの誕生が現在も中東に大きな影を落とすパレスチナ問題を生み出したのである。

 

ユダヤの歴史についてはまだまだ無知であるので、これからも勉強し続けたいと思うのだが、今回この本を読んで興味深かったのが、ユダヤというのが科学的根拠を持った人種や血統的集団ではなく、ユダヤ人の民族意識、つまり「私はユダヤ人である」というアイデンティティに担保された民族意識であるということであった。

 

民族意識であるから、自分がユダヤ人か否かというのは主観的な要素である。そして、その民族意識をもたらすものが、親や学校での教育であったりする。つまり極端な話、教育によってユダヤ人として教育される人とそうでない人がいるだけなのだ。

 

今回の本の中に秀逸な例があった。

アラブ人の親から生まれた子とユダヤ人の親から生まれた子が同じ日に同じ病院で生まれ、何かの拍子に2人が入れ替わってしまった場合、その入れ替わった2人はどうなるだろうか。この2人に人種などの血統的な違いはない。ただ、そこにあるのは話す言語、信仰する宗教の違いがあるだけである。

 

そうなると、もともとアラブ人の親から生まれた子であっても、ユダヤ人の親に育てられればその子はユダヤ人となり、その逆も同様である。2人が異なるのは彼らが育った環境だけである。ユダヤ人(イスラエル)とアラブ人(パレスチナ)が対立している今、入れ替わった2人は、元来同じ民族である者たちに銃を向けることもあるだろう。元々同じ民族でも「違うよ」と教えられるだけで。

 

つまり、その人の育った環境=教育が、その人の民族意識を作り、アイデンティティを作り、敵を作り、味方を作るのだ。ここに教育の重要性が存在するのだと思う。

 

育った環境次第で、自分の行動が変わってしまう。好きなものの対象や嫌いなもの、憎しみの対象も全て「人間の教育」によって作られる。その人の世の中の見方が、教育によって作られるのである。それが教育の本質なのである。

 

この本質を捉えると、なぜ教育が必要なのかということが見えて来ると思うのだ。

 

貧困(という生き方や思想)がこの世界には数多く存在する。貧困の中で学校にも通えず、親に従って働くしかない子どもが、その世界しか知ることなく育ってしまうと、親と同じように貧困(という生き方や思想)の中でしか生きていけなくなる。そして、貧困(という生き方や思想)は連鎖する。

 

貧困(という生き方や思想)の中でも、味方(ドラッグや窃盗など)がいて、敵(国家や社会システム)がいる。そして、敵は否定し、破壊してしまうのがこの世の中の常である。

 

教育を通して、自分たちが生きる世界とは別の世界があるということを知らないと、悲しみは連鎖するだけだ。別の世界を知り、自分の味方や敵が、大きな平和で豊かな社会では絶対的にそうではないということを知ったとき、悲しみの連鎖は止まるのである。すなわち、教育の根源的な目的は、貧困(という生き方や思想)を、広い世界を見せることによって根絶することであると思うのだ。

 

教育はなぜ必要なのか。

 

この問いには様々な答えが存在するのだと思う。でも、聞かれてぱっとすぐに答えられる人は少ないのではないだろうか。当然に思えても整理できないことは往々にしてある。だからこそ、自分なりの教育観を持つことが必要なのだと思う。

 

あなたはなぜ、教育が必要だと思いますか?

「無駄」な「共同体意識」を捨てるということ。

あのときは無駄だと思ったことが、時を経て自分の中で大きな価値となることが日々の生活の中では度々あると思う。あの飲み会で払ったお金、初対面の人と2時間もだらだらと雑談し続けたことなど、その直後には自己嫌悪に陥るくらい「無駄だった」と思うの中で、時間が経って思い返してみると、あれが成功を呼び寄せたことになっていたとうことも少なくないのではないか。

 

「クリエイティブな仕事はどこにある?」(2016年、是枝裕和・樋口景一、廣済堂書店』の「冬篇」において、そんな一見すると「無駄なもの」と、個人が持つ「共同体意識」の相関関係について非常に興味がある内容だったと思う。

 

「科学技術」「デジタル」「グローバル」が進む社会の中で重要とされるのが、物事に対する合理性や論理的一貫性である。例えば「会社の売り上げを最大化する」することが命題である場合、その目的に沿って合理的・論理的に事象を分析し、その目的までの最短ルートを探るということが社会の中では求められている。競争が激しくなる中で会社が存続を賭け、合理性を追求することは当然な流れだと思う。その考えが今後社会を形成し、成長していくことになることも理解できる。

 

その中では、ある種の「無駄な行為」は徹底的に削ぎ落とされ、削減されるべき「悪」であるということにもつながる。その代表的な例が、「共同体への帰属意識」である。

 

日本には長い間、終身雇用が社会で当然のことのように捉えられていた。会社の中で仕事をし、結婚をし、子供を育て、会社からの退職金で老後を暮らす。これが日本での幸せの形であった。社員は家族であり、上司は親であり、先輩同期後輩は兄弟のように、疑似家族の形態がそこにあった。でも、経済の停滞でそれを今後何年も運用することが難しくなる中で、終身雇用を前提としない働き方が世の中に浸透してきた。

 

その流れは一般的に「会社からの解放」として歓迎された。これからは自由に、自らが人生やキャリアを選択することができる。自分主体・自分中心の人生が選択可能になることは、「幸せの多様化」が進む現代の動きとも合致する。多くの人がこれからもそのような人生を歩んでいくことになるだろう。

 

しかし、この社会の流れの中で得たものは積極的に喧伝されるものの、一方で「共同体への帰属意識」がもたらしていたプラスの面も押さえていないと、単に「共同体意識=必要のない無駄なもの」となってしまい、本質からずれてしまうと思う。

 

終身雇用が一般的だった時代、共同体意識というのは非常に重要で、その意識こそが会社を大きくし、社会を豊かにし、結果的にそのことが個人の幸せを担保していた。でも、それが崩れた現代においては、自分の人生選択をする際に「共同体意識」は何の役にも立たず、無駄なもの=悪であり、社会から忌み嫌われるようになった。一方で、役に立つのが「知識」「スキル」であり、それをアピールする「自己アピール能力」「ブランディング能力」であったりする。

 

先に挙げた本の中で是枝さんが述べていたことは、会社などへの共同体意識が希薄になる社会の中、「自己アピール能力」「ブランディング能力」に長けた優秀な人材は多くなってきた。でも、その中で新たに自分が所属する共同体を探すことを繰り返す中、物事を全て自分自身のプレゼンにつなげるように物事を考えてしまっているということは認識しておかなければならないということだった。非常に興味深い考察だと思った。

 

前提として忘れてはいけないのは、人間は何らかの共同体に属していないと生きていけないということである。(是枝さんもそう述べている。)その共同体は一義的に「会社」を指すのではなく、例えば友達同士のコミュニティとか、自分で事業を立ち上げていても、そこに共同体は存在する。つまり、共同体とは人間同士のつながりやコミュニティと言い換えることができるかもしれない。

 

だから、会社などで人とのつながりは希薄化しても、SNSが発達している世の中は、本質的には変わりないということになる。

 

共同体探しを繰り返す中で、自己プレゼン能力は磨かれる一方、その先の目的を見失っていることも多いのではないかということだ。その目的とは、「幸せに生きる」ことであり、「社会をより良くする(この社会とは自分の視界内の狭い世界も指す)」ことであるのだが、極論、その目的こそが「共同体に帰属すること」ではないかと思うのだ。

 

分かりやすく言うと、「自分の居場所を作る」ことに意味が似ている。

 

「人がコミュニケーションを取る目的は、それ自体が目的であるからだ」などとはよく言われるが、人間自身、「共同体に所属し、人のつながりを感じる」ことが最も幸せを感じることではないかと思う。例えば「社会を変える」というのが目的であったとしても、結局は自分が変えた「社会」に所属していると感じることが幸せであったり、やりがいであったりするのではないか。

 

だから、よく社会の中で共同体意識が希薄になったということは、個々人が共同体と考える対象が変化してきたということだと思う。それが会社などの客観的な単位ではなく、友達同士やネット上でのつながりなど、客観的には判定しにくい要素を持つ共同体に変化してきたということだ。

 

その中では、一括りに共同体を無駄なものとして否定することは危険である。なぜなら、会社のような従来の共同体の価値観の中でも、人間のつながりというものは存在するからである。共同体を一辺倒に否定し、人間的なつながりまでも否定する必要はどこにもない。

 

例えば、自分が会社という共同体に嫌悪感を覚えていても、その共同体から得られるものはないと一括りに否定すべきではないと思う。自分も共同体に属しているのは同じであり、これからの人生も自分は共同体に属して生きていかなければならない。大切なことは、嫌悪感を抱く中でもその対象の本質は何なのかということを捉えることが大切なんだと思う。

 

共同体を否定して一人で生きて行くと言ったって、人のつながり自体は必要である。そして人とつながることは往々にして「無駄」と思われることも多くある。それでも、つながりを持ち続けること自体が、生きていく上では必要ではないだろうか。

 

 

 

 

 

卒業写真のあの人は、優しい目をしてる。

それは突然のことだった。

 

ある土曜日の朝、母から、祖父が危篤になったとの連絡が来た。

肺炎を起こし、意識がない。

もう数日もつかどうかと医師に言われたというのだ。

 

すぐに病院に向かうと母に伝え、母から聞いた話をすぐに電話で兄に伝えた。

話の途中でこらえきれなくなり、涙がこぼれた。

 

嫌な予感はあったのだ。

 

ちょうどその日は、祖父と祖母を老人ホームの見学に連れていく日だった。

隣県に住む祖父母を近くで面倒を見ることができるように、母が実家近くのホームに見学を申し込んでいた。僕は、祖父母が見学を終えたあと、祖父母を隣県の自宅まで送ることになっていた。

 

その前日の金曜日、仕事を終えて自分の家に帰ったとき、ふと祖父に連絡しようかと思った。祖父とは2ヶ月前に一緒に食事して以来、話をしていなかった。別に2ヶ月話をしないというのは珍しいことではないのだけれど、ここ数年は母からそれとなく言われていたということもあって、何かにつけて祖父母に連絡をしたり、会いに行くことにしていたから、これもタイミングだと思って連絡しようとしたのだ。

 

でも、僕は祖父に連絡はしなかった。

 

もう夜遅くで寝る前かもしれないと思ったのと、どうせ明日会うことになっているのだからわざわざ連絡する必要もないと思ったから、連絡しなかった。明日会ったときにゆっくり話をすればいい。そう考えて明日を待つことにした。

 

そしてそのまま朝を迎えたとき、母から連絡が来た。

 

急いで病院に向かうと、祖父はICUで眠っていた。苦しそうに息をしていて、呼びかけても反応を見せない。祖母からは、今日で会うのも最後になるだろうから、しっかり顔を見ていきなさいと言われた。眠っている祖父に対し、聞こえていないのを承知で声をかけ、励まし、そして心の中で別れを告げて、僕は病室を出た。

 

その日は日本列島が巨大な台風に襲われた日だった。電車の窓に雨が叩きつけられる音を聴きながら、帰路についた。なぜか頭の中で、松任谷由実の「卒業写真」が無限にリピートしていた。

 

約1ヶ月の闘病のあと、祖父は亡くなった。

その間、何回か祖父に会いに行った。

臨終には間に合わなかった。

 

最近、祖父が夢によく出てくる。

闘病している1ヶ月の間も何回か出てきたし、亡くなってからも数回、夢に出てくる。

祖父は元気で、笑って僕の方を見ている。でも、何も話さない。僕が呼びかけても静かに笑っているだけだ。そして、夢から覚める。

 

祖父が倒れる前の日に、連絡をすれば良かったと後悔している。祖父と話をしたいと思ったそのタイミングに、言葉を交わしたかった。また会えると思ったその次の日、大好きな祖父は遠くに行ってしまった。

 

今回のことで、考えるようになったことがある。

 

それは、誰かに会いたいとか、話をしたいとか、何かを伝えたいとか、そう思ったとき、すぐに行動すべきだということだ。また会える、いつかまたなんて思った先に、永遠に別れてしまうことだってあるのだ。

 

愛する人はもちろん、そんなに親しくない人でも、何かを伝えたいと思った瞬間にそれを伝えるべきなんだと思う。多分、それを今までしてこなかったことで、切れてしまった縁がいくつもあったのではないかと思うのだ。自分が気づかなかっただけで。

 

人生は有限である。その中で、その人と触れ合う時間なんてほんのわずかだ。

だから、その限られた時間の中でその人に会いに行き、話をして、何かを伝える。

その何気ないことに全力でなければならないのだと思う。

 

もう祖父とは話はできない。あの日話をしていたらどんな話をしたのだろう。

そんなことを考えながら、また僕は眠りにつくのである。

 

 

双子の兄弟について②双子にまつわるxについて。

半年ぶりの東京は、ずっと雨だった。

滞在した3日間で、太陽の影を見ることもなく、ただ細い水滴が前かがみに歩く人の上を落ちていく。

 

信号で立ち止まった交差点で、何気なく空を見上げると、その細い小さな水滴が通り過ぎる車のライトに反射して、落ちていく様をはっきりを見ることができた。

 

雨は一直線に地上の人に落ちてくるわけではなくて、風に揺られて、様々な角度で地面に着地する。これまで、雨粒というのは一直線に、憂鬱な自分に向けて針を刺すように落ちてくると思っていた。だから、降り乱れるその雨粒は何か新鮮で、信号が青になる数秒間、ずっと空を見上げていた。

 

東京滞在中、映画監督の西川美和の『映画にまつわるxについて』を読んでいた。

『ゆれる』『ディア・ドクター』などを発表し、人間が無意識にされけ出すずるさや脆さを、憎めない主人公を通して表現する映画監督で、映画のみならず、自身の映画を基に執筆した小説なども文学界で高い評価を受ける多彩な才能を持つ人だ。

 

前からこの監督については非常に興味があった。

なぜかというと、それは双子の兄からこの監督について色々聞いていたからであって、そんなに面白いというならば読んでみようかということで、東京にある兄の家から読み始め、関西に戻る飛行機や電車の中でもずっと読んでいた。

 

映画を作る上での裏話、撮影の秘話などを交えて非常に面白いエッセイで、読みながら声を出して笑いたくなる描写も多くある。

 

読んでいく中で最もこの監督について惹かれたのが、西川監督が脚本を書き始めたのは、25歳の冬であるということであった。映画業界で裏方として働いていた中で、いつか自分もこの世界から抜け出すという気持ちや怒りややるせなさが爆発した結果、脚本を広島の実家にこもって書き始めたのだという。

 

その話を読みながら、双子の兄は西川監督に自分を重ねて見ているのではないかと感じていた。

 

映像業界でディレクターとして働く双子の兄は、世間で俗にいう「業界人」だ。

一般的にイメージされる華やかな業界ではあり、有名人に会えるとか、美味しいものを食べるとか、ロケハンを通して旅行もできるとか、世間の人がいいなと羨むことは一通り経験しているようだ。ただ、それはその仕事のほんの一部に過ぎず、残りの99%は、この今の自分の仕事がどう作品と結びつくのかということを自問しながら、黙々と作業を続ける毎日だという。

 

前に、精神的にかなり参っているということもあったが、それは依然変わらず、作品ごとの責任や納期のプレッシャー、仕事量は一般のサラリーマンよりもはるかに多い。それでも、以前よりかは楽になって、時には意欲的に作品に取り組むこともできるようになったそうだ。

 

そんな兄が、最近脚本を書き始めている。それを発表するとか、誰かに読ませるのかというところまでは考えているかどうかはわからないが、自分が今感じていること、表現したい人間の特質などを自分なりに頭でまとめて脚本に書いている。ちょうど会社でも戦力になり始め、責任も仕事もこれまでよりもずっと多い中で、ただでさえ忙しいのに寝る間を惜しんで書いていることもあるのだろう。

 

なぜ、兄が脚本を書き始めたのか。

 

もちろん、以前からその分野に興味があり、学生時代からも取り組んでいたことである。しかし、精神的にもかなりきつい中でそれを書く動機というのがどこから生まれてくるのだろうか。

 

その中で、西川美和監督の脚本を読んだときに、ふと兄について納得したのであった。今のこの現状に抵抗する、この現状を打破するために、監督は「逃げるように」という表現を使っているが、それでも、いつか自分もという気持ちを悶々と滾らせながら、人間模様を脚本で描いていく。

 

いつの日かある俳優の話になった。学生映画を兄が作っていたとき、一緒に映画を作った学生が今や、注目の若手俳優として、世間の注目を浴びていた。学生時代にその俳優と一緒に映画を作ったというのだから、人に一回や二回でも自慢できることでもあるのにと思ったのだが、兄はその俳優について話すのが嫌そうだった。一緒に映画を作っていた他の友人たちが、飲み会のネタとして得意げに話すのもうんざりしているようだった。お前らは悔しくないのかと、心の中でずっと思っていたらしい。

 

自分たちが映画を作っているときももちろん、その俳優は常に自分たちを通り越し、スターダムに上り詰めるために、ただひたすらに努力し続けていた。同い年のその俳優が、その努力を認められてスターとなる中で、自分はただ会社で意味のあるかどうかもわからない仕事を淡々とこなしている。

 

そんなことに対する情けなさや、やりきれない思いが、兄を脚本へと駆り立てるのもしれない。でもいつか、その気持ちが実を結んでほしいなと僕は思うし、必ずいい方向に好転すると信じている。脚本を書いてどうするのという人も周りには多い。正直、そんなことするぐらいなら資格の一つや二つでもとったらどうかと周りが言っているのも知っている。それでも、僕は兄に脚本を書いていて欲しいし、それを多くの人が読むことを心待ちにしている。

 

僕がそう思うのはやはり、彼は自分自身であり、それを主観的に考えるからである。彼は常に一番の味方であると思うし、僕自身も彼の一番の味方であると思っている。ただただ、その努力が実を結んでいて欲しい。

 

雨は一直線に、針を刺すように地上に落ちてくるのではない。雨粒自身も風に揺られながら、自分が行く方向など定まらないまま、ゆらゆらと空中を彷徨う。ならば、冷たい雨でも、人々がそれに自分自身を見て暖かいと感じることもできるはずだ。

 

だから、昨日も今日も遅くまで働き、疲れたままでまた仕事に出て倒れそうになる兄の頭上に、雨粒がそっと落ちてくれることを願うのである。